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慈悲と思いやり・人間性の本質の回復



昨日は、高野山大学創立125周年記念・ダライ・ラマ法王14世の大阪特別講演に行ってきました

一度お会いしたいと思っていた。娘にこの話をしたら「私も行きたい~」というので連れて行ったが
その時から「ダライ・ラマに質問したいなぁ~」と口にしていました。実現するとは思っていませんでしたが・・・

座席番号、S席6列06番。6は慈愛や献身、調和を表し、足すと3になり、歓喜、創造性、無邪気さ。
意味深いなぁ~。



少し遅れた開演になりましたが(ダライ・ラマ法王の車がおくれたそうです)、会場にダライ・ラマ法王が入られたのを感じられる(エネルギーですよ)くらいから、じんわりと涙が・・・この涙の意味は?
畏敬の念でした。圧倒的な天命を真摯に歩んできた密教者、慈愛の菩薩ダライ・ラマ一世からはじまる転生の系譜の十四代目にして現在76歳の肉体を持つ、その圧倒的な人間としての経験値だけでも誰もがお話を聴きたくなる多くの人に愛され求められる存在。


午前は「般若心経を語るー空から慈悲へー」

ダライ・ラマ法王が「日本のみなさんは仏教者の方が多いと思いますのでみなさんで般若心経を唱えてください。」とリクエストされたので会場全員で般若心経をば・・・何千人いたんだろう、舞洲アリーナ、あんなにたくさんで般若心経を唱える体験、多分二度とない。すごかったよ~~~


となりのおじさんは作務衣を着ていらっしゃったので「お坊さんですか?」と尋ねたら、「ビルマで出家しました。」と。読めない漢字やわからないことを質問すると何でも答えてくださりありがたかった。感謝。

とても専門的(仏教)な言葉も多く難しい内容でしたが、右脳で受け取るのは得意な私はとても腑に落ち、納得のできることが多かった。

午後は「人生の困難を生き抜く力」

こちらもやはり人間の生き方を説いてくれていました。ありがたい。




細かくは書きませんが、昨日は本当にお会いできてよかった

空のこと、輪廻転生のこと、私はまた自身の考えを深めさらに納得し、叡知が既知となって慈非のエネルギーとなるべく活性化されていった。

ダライ・ラマ法王はご自身のことを「私はいたって普通の人間です。」とか「私は一僧侶です。」という。

謙虚で真摯な姿勢の内側にとてもとてもゆるぎない強さを感じる人が私は大好きだし、尊敬できると感じる。

そして、あ~、自分も同じように道を歩もうとまた思えるのである。


私が学んだドルフィンスターテンプルミステリースクールも完全に密教なのです。それを理解して学んでいる方がどれほどいるかは知りませんが、ミステリースクールとは秘儀参入者の教えを受ける場で、禁酒禁煙で口伝で教えられるものです。古代アトランティスやレムリア、マヤ、エジプトの神官たちが行っていた覚醒へ至る道なのですが、その奥儀と言えるカーボディを活性化させるコースを完全に修了する方は、これまた本当に人数が少なくなります。ましてアモラに直伝で教えてもらっている方はさらに少ないと思います。

なので大阪でドルフィンの講師をしていましたが、講師になるためのテキストやマニュアルなどというものなどは一切なく、アシスタントに入りながら先輩から学ぶというのが基本なので講師が増えないのも無理はありません。だってとても大変だから・・・そして私自身も講師活動を今年の7月を持って辞めましたが、ドルフィンは宗教ではありませんが組織となると様々な面が出てきます。私も次のステージへ行くためのスピリチュアリティの基礎をシャスタのアモラに学べたのは感謝です。カリフォルニア州のミニスターの資格を持っているので結婚式もとり行えると聞いていますがしたことは無いですが

アモラという先生から巣立ち、ひとりで自分自身と深く繋がり歩みだしていると少しの寂しさを覚える時がある。しかし、帰属意識ももう手放した。ダライ・ラマ法王は偉大な宗教家ですが、私にとっては尊敬する自分の道を全うしている密教者。

本当に大変なご苦労があったからこそのあのスマイル

中途半端にしんどいくらいの人生ではあのスマイルにはならない。

天命を引き受けて霊的責任を全うし、深い深い苦しみ、哀しみ、(これは人間のものです)などあらゆる体験をしてきているからのあの存在感。


私の今現在の大きな瞳を知っている方は信じられないくらいに、幼少期は今の半分ほどしか開いておらず、両目ともに一重まぶたに弱視の乱視(どれだけ世間を見たくなかって~~ん)という感じで、中学校に通いだして片目ずつ二重になって行きました。なので久しぶりに会った親戚のおばさんは、19歳の時、真剣に整形をしたと思っていたほど・・・

開眼とはよく言ったもので、思い返すとなんで中学から目が開き始めたのかと思い返すと、「苦しいのは自分だけでは無い」と悟ったのが12歳。

中学生くらいになると家の中がゴタゴタしている友達などが心を許してそんな話をしてくれたりすると私の心の中でパッと電気がついたくらいに明るくなったのを記憶している。

人の不幸は蜜の味では無いですが(そんなに性格悪くないです)、程度の差はあれ、人には色々な苦労があるんだな~と感じ、人生って大変だなぁ、哀しみいっぱいだ~と一人耐えるしかなかった私に光が差してきた。まさに戦時中のことを思い返す老人みたい「あの頃はみんなが貧しかったから何も悲しくなかった」

一人で悲しくて辛いのは死にたくなりますが、みんなそれぞれ大変なんだと理解した中学生は逆に達観し、置かれている状況は変わらないけれど明るくなっていったのです。



ダライ・ラマ法王が多くの人々に求められ愛されるのは、彼自身が思いやりと慈悲のこころをいつも持ち、愛を出しているからなんだなぁ~。

尊敬できる人に会うと元気が出るし、がんばろう~とか、楽しもうと思えます。

私は宗教家ではないし、宗教を超えてゆく時代だと考えていますが、ダライ・ラマ法王が話していた「多くの宗教はお互いに相互理解をしてゆかないといけない。宗教は万人の方に必要ではないかもしれない。しかし、多くの人の役にたっているのです。」とおっしゃっていて、同意した。

本当にこころのよりどころを求める人や、戒律を守って生きたい人には宗教はとても役にたつ。本当に。

しかし、それ以上に目覚めたい人には密教の修行が必要だというようなことを言われていた気がする。
これも、そうなんだよなぁ~と同感した。


目覚めたい人、求める人、探求者にしか扉は開かれていない。

昔、天台密教のお坊さんに手のひらを見せてと言われ「あなたは真剣に神霊の勉強をしないといけない。そうしないと47歳でとても重い大病をする。・・・」などと初対面後、2分で言われ「なんと失礼なおじさん」と思いましたが、「え~~、仏教勉強するんですか?」と聞くと「そうでなくともあなたに必要なものを学べばよいのです。」と言ってくれて一安心したのを覚えています。まさにそうなってゆきましたが。手相に何が出てたんだ??


私には真言密教のお坊さんのお友達が数名いて、みんな楽しく笑顔の美しい人たちです。


多様性のあるそれぞれの教えは学ぶ側のこころの品位、霊性を高めるツールにしかすぎず、高僧であっても腐敗した人もいるだろう。


質問したいと言っていた娘はその言葉通りに、午後からの質疑の時、「質問したい方は出てきてください。」というアナウンスと同時にすっくと私の隣の席から立ち上がり(その躊躇、迷いの無さはあっぱれであった)、すたすたと歩いて行ってしまった。

思ったことをどんどん具現化させてゆくパワフルな娘。多分、やってできないことは無いと思っているんだな。

そして、自分の欲することに忠実。まさにインディゴチルドレン。社会風刺のメタルを鼻ピアスで歌っている。


「人をゆるす前に自分をゆるしなさいと本に書いてありましたが、解かり易く教えてください。」

端的でいい質問だった。

娘が最後の質問者になったのですが、終わってからもインディゴ娘のぼやきがあった。面白い。


それは、「あの通訳はどうかと思う。それにみんなせっかくダライラマに質問するのにどうでもいい質問ばかりしていて本当に驚いた多くの人がダライラマからのメッセージを聴きたいと思って来ているのになんで自分のこと聞いたり、ちょっとPCで検索すればわかること聞くんだよ~~。自分の相談したいならカウンセリングに行け


本当にそうだとも思ったが、人には意識の段階があり、広く人のことにまで思いやりを持てる人と、今世が自分のことで精いっぱいの人もいるからね。

個人的な質問などには、ダライ・ラマ法王は仏教の書籍などをすすめておられた。少し勉強しなさいと言う意味。

何も自分では学ばなくて(本でも何でもいいのです)、苦しいから助けてくれというのは、まぁ、人間だから仕方ないのですが、甘えている幼児と同じだ。


霊性の高い、徳を積んだ、ノーベル平和賞受賞者、ダライ・ラマ14世と同じ場にいることが出来てよい経験となりました。

私が深く納得したり、感じたことはまだまだ書けていませんが、多くのことを受け取りました。


1日でも長く生きられて、多くの方に希望と光を与えてくださいませ

人々が真の平和を考えるための布石を投げ続けてください




感謝







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2011/10/31 09:58 | ライトワークCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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